キャプションテスト・キャプションテスト・。
平野愛さん写真展「moving days in KCUA」
引越し写真を収めた平野さんの連作「moving days」の一環として、2023年に行われた京都市立芸術大学沓掛キャンパスからの引っ越しの様子をフィルムカメラで切り取った「moving days in KCUA」の展覧会です。

会場左手には、平野さんの従来の「moving days 」と同様にストーリーを持つ連続した写真が、右手には普段の「moving days」で使用するものより大きいフィルムで撮った、一枚一枚が独立した写真が展示されていました。

各々の巣の形成の跡を感じられつつも決して排他的なものではなく、沓掛キャンパスを知らない人にとっても懐かしさ感じられるような温かみがあるだけに、作品には終始寂しさが漂います。人が過ごした跡がどんどん整理されていく様子は、沓掛を経験したことがない人にも喪失感を体験させるものでした。
平野愛さん×堀部篤史さん(誠光社) アーティストトーク 7月12日開催

(写真提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA) 
原寸大の沓掛キャンパスの写真の前行われたトークの様子。臨場感がありました。 (写真提供:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)
平野愛さんは2018年の『moving days』の初版発行より、引っ越しの撮影を中心にされている写真家です。
友人の離婚がきっかけで引っ越し写真を撮り始めたという平野さん。雑誌の『BRUTUS』の「居住空間学」や『Ku:nel』に登場するような、生活感を感じさせない理想空間が引っ越しの間は「コンセント」や「ティッシュ箱」といった”作り込まれないほころび”を見せる様子に心を動かされたと語ります。初めは撮影先がなかなかなく苦労したそうですが、聞き手の誠光社の堀部さんの引っ越しを撮影してから、堀部さんのおしゃれな知り合いを中心に続々と撮影依頼が舞い込んできたそうです。
もとから廃材でいっぱいの古びた沓掛キャンパスの撮影は、ライフスタイル誌に取材されるような家の引っ越しを撮ってきた平野さんの撮影スタイルからするとまさに異色といえます。
堀部さんの「引っ越しはエントロピーが崩壊し、混沌がピークに達した後、また秩序を取り戻していく様子」という言葉。
既にカオスであった状態が引っ越しの中で初期化されていった沓掛キャンパスの引っ越しには一見当てはまらないように思われました。しかし、各々が家具や道具で自分のテリトリーを作り上げていた跡が写真に残されていることをふまえると、「整頓された」という意味とは異なる、「芸術活動に最適化された」という意味の秩序が引っ越しによって失われていく過程が、沓掛キャンパスでの「エントロピーの崩壊」だったのではないかと考えさせられました。

沓掛キャンパスの写真は観る人を圧倒する情報量で満ちていますが、これは平野さんの感情的な部分の表れなのだそう。他の「moving days」作品にも言えることですが、物量に圧倒されて気分が悪くなることが多く、今回も廃材置き場などの撮影に際しては酔い止めを飲んだそうです。
展示の最後にはモノクロで撮影された今の崇仁キャンパスの風景が。
学生からも「無機質」「怖い」と評されることの多い現校舎ですが、平野さん自身、「緑豊かな沓掛校舎と打って変わって、新校舎はカラーで見えてこなかった」、「どう心を動かせばいいかわからなかった」と戸惑いを振り返ります。ちょうどその頃、油画研究室から壊れかけのフィルムカメラが発見され、「自身」の視点ではなく、まさに「沓掛のフィルター」を通して映してみようという考えに至ったと平野さんは語ります。
令和の風景をモノクロフィルムで写しているのに、現校舎の色彩が乏しいゆえに全く違和感なく受け入れられたことに、筆者は驚きました。

むらたちひろさん写真展「記憶の巡り」
京芸の染織科を卒業されたむらたちひろさんは、京芸移転に当たって取り壊された元崇仁小学校の校舎で記録した写真をもとに制作した作品を展示されています。
どこか夢の中のような色やぼかしで抽出された木々の風景は、今は全て失われてしまったものです。ネガのように暗転した色合いの作品を頭の中で現像していくうちに、写真の中の景色に懐かしさや愛着を覚えると共に、この地域で実際に起きた「見慣れた風景の喪失」を追体験するような感覚になりました。

対角線で対称に色付けされた正方形に刻まれた折り目たち、どうも折り紙の船を展開した跡のようです。元崇仁小学校の写真と同じように、鑑賞者が実際に対峙できるのは映像の中の船だけで、実物は展開され、いのちの感じられない標本のように額縁に収まっています。しかしこの正方形には、折り直せば船に戻るだろうという希望も感じられます。 
折り紙の船を展開したもの。 
平面に戻る前の折り紙の船の映像。
「沓掛1980-2023」プロジェクトアーカイブ展

「moving days in kcua」に関連して@KCUA2階で展示されていたのは、移転に際して行われたさまざまのプロジェクト。 
「沓掛2023」展示の様子。
「沓掛2023」は京芸関係者から募集した写真を「京芸に関係する個々人の記憶の集合体」として まとめ、1980年から2023年の沓掛時代の京芸の記録をつくろうとする取り組みです。撮影年・撮影場所ごとに分類してデータベース化された膨大な量の写真は、展示会場以外でも、どなたでも以下のURLから閲覧可能です。
沓掛1980-2023 kutsukake2023.com
校舎にフォーカスした「moving days in kcua」の展示とは対照的に、芸祭や過去の総合基礎実技の様子など人を中心とした写真が多く、校舎が具体的にどう使われていたのか知ることができる生の記録になっていました。学生として、この歴史を知らないでいるのは勿体無いと感じました。
運が良ければ赤松学長の学祭時代がみられるかも!?


まとめ
学生・教員がつぎつぎ入れ替わっていく大学において、それより長い時間残る校舎は、学内外の異なる時代の出来事をひとつの流れに織り込む役割を担っていると思います。それだけに、土地・校舎そのものを置いていってしまう移転は、単なる物理的移動ではなく、確実に大学の気風や本質といったものに作用する「事件」です。現に新キャンパスになってから施設使用規定が厳しくなったと耳にすることも。
移転後に入学し、少し窮屈な印象を持つ筆者にとって、沓掛キャンパスは移転以前のいわゆる「京芸」のシンボルで、恋焦がれても経験することの叶わない憧れでもありました。ですから、今回平野さんをはじめとするさまざまな人の視点で沓掛の記憶が提示され、沓掛時代ってこんな感じだったのかな、というイメージを持つことができ、過去と未来を接続する有意義な体験ができたと感じています。
またアーカイブされていなければ忘れられていたであろう沓掛1980-2023という一つの時代の記憶が、新入生や京芸を知らない方々にも共有され、追想される様子をみると、本崇仁ジャーナルをはじめ様々な記録の持つ役割が再確認されました。